恋愛法違反者への「正当な非難」について

 恋愛法学では、恋愛において規範的に禁止される行為が何であるかが議論されてきたが、禁止した場合にいかなる効果が生じるかは必ずしも十分に議論されていない。恋愛法学が頻繁に参照する刑法では、その違反が犯罪を構成し、その法的効果として国家に刑罰権が生じることになる。これに対して、恋愛法は、法律として規定されているわけではなく、その違反に対して国家による刑罰権が生じることはあり得ない。もちろん、恋愛法に違反することによって、周囲から「冷たい目」で見られるといったことや、新しい恋人が出来難くなるといった事実上の不利益が社会的制裁として機能することは考えられる。逆に、恋愛法の実効性は、この限りでのみ担保されるものであり、違反の法的効果として論ずべき対象は存在しないというのが従来の一般的な理解であった。

 これに対して、近時の有力な見解は、恋愛法違反があった場合に、その被害者である恋愛相手方に正当な非難権限が発生するという法的効果を認めることができるという主張を展開している。本来、自らの恋愛相手方を公然と非難することによって、その地位や外部的名誉を貶めることは、恋愛法に違反する行為と評価される。しかし、相手方に恋愛法違反が認められる場合においては、そのことについて公然と相手を非難したとしても、その違法性が阻却され、恋愛法違反が成立しないとするのである。例えば〔事例〕花子は、太郎に浮気されたことが原因で、太郎と別れ、その後も「太郎は浮気をする最低の男だ」と自らの友人に話しているという場合に、花子の行為は、(元)恋人である太郎の地位を貶めるものと評価できるが、花子には太郎に対する正当な非難権限が帰属しているため、その違法性が阻却されるとするのである。さらに、この見解の論者によれば、非難権限に基づき、相手方の恋愛違反行為について、相手方を直接非難することも許されるから、花子は太郎に対しても、その浮気を正当に責めることができることになる。
 このような見解に対しては、被害者が加害者を非難する言動を行うことは、心情的にやむを得ないという意味で、適法行為の期待可能性が存しないために恋愛法違反とならないのであって、決して違法性が阻却されるわけではない、との批判もされている。確かに、違法性が阻却される根拠として、「正当な」非難権限が帰属するということを指摘したとしても、それだけでは循環論法に陥っているきらいがあろう。何故、加害者を非難することが正当行為として許されるのかについての実質的根拠を明らかにする必要がある。説明の可能性としては、やはり恋愛法の実効性確保という観点がヒントになるように思われる。つまり、恋愛法に違反した加害者を、一番効果的に非難できるのは、当該恋愛をめぐる状況をもっともよく知る被害者に他ならない。そこで、法は恋愛法違反の被害者に一定の範囲で、加害者を非難する権限を与えていると考えることができるのである。ただし、このことからすれば、反対に、第三者には原則として加害者に対する非難権限が生じないという帰結が導かれよう。〔事例〕についていえば、例えば、花子の親友である恵子が、太郎に怒りを覚えたとしても、恵子は太郎を言動によって非難すべきではないことになる。もっとも、第三者であっても、被害者の「手足」として非難権限を代行する可能性については、全面的に否定する必要もなかろう。この場合の具体的な要件については、さらなる議論が求められるが、〔事例〕において、花子の明示的な意思に反しておらず、浮気の事実が客観的な証拠により明らかである場合には、恵子に非難代行権限を認めることも可能であるように思われる。
 かくして、恋愛法違反の法的効果として、被害者に正当な非難権限が発生することを認めることは、恋愛法の実効性確保という観点から支持できる方向性を有していると評価できるように思われるが、問題点も少なくない。まず、非難権限の範囲について厳しい対立が想定されるであろう。〔事例〕と異なり、花子が不特定多数の友人に対して、太郎の浮気事実を摘示する場合には、名誉毀損罪(刑法230条)の構成要件に該当する可能性があり、このような行為について、恋愛法上あるいは刑法上の違法性阻却を認めるべきかどうかは考え方が分かれるであろう。ただし、非難権限の範囲を狭めすぎると、恋愛法の実効性が弱まる点には留意する必要がある。また、非難権限の消滅時効についても問題となり得る。例えば、〔事例〕において、太郎の浮気から5年を経過した後に、花子がこれに気付いたという場合、なお花子は太郎を非難することが許されるのだろうか。恋愛法的安定を重視する立場からすれば、一定期間経過後は非難権限を行使することは認められないという価値判断も十分にあり得るところである。
 消滅時効が、非難権限を一定期間「行使しない」場合に問題となるのに対して、例え非難権限を「行使していた」としても、一定期間経過後は、それ以上非難を加えることはできなくなるのではないか、との議論もあり得る。この点は、近時、恋愛法における「忘れてもらう権利」との関係で議論が盛んになっているところである。恋愛法違反という過ちを犯した者についても、再出発を認めるべきであり、一定期間経過後は彼(彼女)を非難の渦から解放すべきであるとすれば、一定期間経過後の非難は、例え被害者によるものであっても禁止されると解すべきなのかもしれない。

 今回は、恋愛法違反の法的効果として「非難」について議論をした。恋愛における非難は、相手方に反省を促す契機を有する反面、相手方の次の恋愛のチャンスを減殺する効果や、社会的地位を貶めるという効果を有している。これらの事実上の効果が有する積極・消極両面における意義を十分に勘案しつつ、恋愛法違反者の再出発・再社会化の道を不当に閉ざしてしまうことのないよう、バランスのとれた結論を目指す必要があるのではないだろうか。